Stop The Music




 夏の終わりが近付く頃には、プロジェクトの遠征先も神奈川になっていた。










「…ロフト、って。」
 はしごを登りかけた状態で固まったまま、啓介は呟いた。
「布団、ひとつしかないんだけど。」
「寝られるなら何だっていいじゃないですか。」
 先にさっさとロフトに上がり込んだ拓海はあっさりと言ってのける。
「ここに二人ってのはせまいだろ。」
「クルマの中よりは広いですよ。」
「そりゃそうだけど…」
 やっぱ、大の男二人が寝るにはなー、と。
 ようやくロフトに上がった啓介はこっそり思う。
 箱根遠征用にと兄が用意したバンガローは、確かに広くて冷房も効いていたけれど。
 ロフトの上の方が下より暗くて静かだから、ドライバーの寝床に割り当てられるのも分かるのだけど。
(…ここで、藤原と同じ布団でオレは寝るのか?)
 別にどうでもいいといえばどうでもいいが、気になるといえば気にもなる。
「それより、夕方になったらまたコース行くから…オレ、もう、寝ますよ…?」
 いつも以上にぼんやりとした様子で眠そうに呟くと、そのまま拓海は本当に眠りに落ちてしまった。
「って、おい藤原!重いっつーの!!」
 布団にダイブした拓海に押し倒された啓介が叫ぶ。
「ねむい…」
「オレは重いっ!」
 何とか抜け出そうと試みるが、しっかり抱きつかれてしまっていてなかなか身動きが取れない。
 せめて腕だけでもと、茶色い頭の下敷きになってしまった腕を引っ張り出す。
「んー…」
 枕を失った拓海は、抱きついた状態のまま器用に寝返りを打つと、また動かなくなる。
「ちっ、本当に寝やがった…」
 少し痺れてしまった腕を軽く振りながら、思わず啓介は呆れた。
 啓介に抱きついたまま、拓海は健やかな寝息をたてている。
「相変わらず寝付きのいい奴め。」
 その隣で眠らなければならないこっちの気持ちなど、きっと知りもしないのだろう。

 ――オレ、啓介さんが好きなんです。

 そんな事を言われたのはいつだったか。
 告白は自分との決着をつけてから言えと答えたのも、もう随分前のように感じる。
 あれから色々な峠に遠征した。
 時には宿をとって同じ部屋で眠る機会もあったが、もう拓海はあの時ほどの感情を見せる事なく、何事もなかったかのような時間だけが過ぎていた。
(オレ、そういやこいつにキスまでされてんだよなー…)
 思い出して、ふと無邪気に眠る姿が憎らしくなった。
「なんでオレがいちいちこんなこと考えてんだよ。」
 不機嫌に呟きながら寝顔にデコピンを一発お見舞いしてやった。
 無論その程度で起きるような相手ではないが。
 こんな奴にだけは絶対に負けたくない。
『打倒・藤輪拓海』は今の啓介の目標だ。
 プロジェクトでのバトルはそのための過程にすぎない。ダブルエースを名乗る以上、向こうも当然バトルの度に進化して速くなっていくが、要は自分もそれ以上に速くなればいい。
 コーナーを疾走するツートンカラーの機体を、いつも啓介は必死で追う。
 今では型遅れになりつつある愛機の、それより更にずっと古い車種。
 上りはともかく、下りで負けるわけにはいかない。
 たまにプラクティスという事を忘れそうになる時もある。
「おまえは絶対分かってないんだろうな…」
 好きとかキスとか、それよりもっと前から。
 初めて出会った時からずっと啓介は追いかけている。
「まぁおまえはそーゆー奴だったけどな。」
 あれほど速い走りを見せるのに、出会った頃から本当に腹が立つほど何も分かっていない。
 秋名のハチロクに――藤原拓海という男に出会ってから、一年。
 再戦の約束を忘れたとは言わせないが、今の彼は何を見ているのだろう。
 あの時好きだと言ったその真っ直ぐな目に、まだ自分は映っているのだろうか。
 変わらぬ後姿は加速を続ける。まるで何もなかったかのように。
 でもそれでいいのだと啓介は思う。
「余計なこと考えないで、そうやって走ってりゃいいんだ。」
 拓海の頭をくしゃりと撫で混ぜながら、啓介はそっと目を閉じた。
 そのまま誰よりも速く走っていればいい。
 いつか自分が追い抜く、その日まで。



 走る事だけが、互いを繋ぐ唯一の絆なのだから。










 でも気付いてしまった。
 彼の目は自分など見てはいないのだと。



 それでも、この想いだけは。










一度はやりたいバンガローネタでした。
しかしこの後まさか弁当のおかずを取り合うWエースが見れるなどとは思ってもいなかった…
たまにものすごく神展開が来るのがDクオリティ。これだからDは面白いぜ!
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