NIGHT & DAY




 いつかおまえに追いついてやる、なんてアイツは笑うけど。
 きっとこんな気持ちには気付いていないんだろう。

 ゆっくりと、けれども自分の意志で少しずつ。
 走り始めたその笑顔に、負けたくないと思ってるなんて。





 白い車体が一台、夜の秋名を上っていく。
 エンジンの回転数の割には加速は鈍い。それでも法定速度など明らかに無視している速度だ。
「うわ…」
 迫るコーナーに拓海は一瞬目をつぶる。
 ブレーキペダルをほとんど踏む間もないまま、それでも滑るかどうかギリギリのラインでコーナーを抜けた。立ち上がりでふらつく動きに思わず背筋が固まりそうになる。
「イツキ…運転こえーよ…」
「何言ってんだよ、おまえの方がよっぽどおっかねー走りしてんだろ。」
 忙しなくステアを操作しながら、運転席のイツキが言い返す。
 そういう問題じゃない、と叫びそうになるのを、拓海は何とか飲み込んだ。
「よーし、下りもう一本行くぜー!」
 頂上の給水塔付近で折り返し、樹は再びアクセルを踏み込む。
 低〜中回転域の方が何となく加速力がいいのは気のせいだろうか。
(同じようなもんだと思ってたけど、結構違うもんだな。)
 ナビシートで不規則な横Gに揺られながら、ぼんやりと拓海は思う。
 外観も内装も一見自分の家のクルマとよく似ているのに、こうして隣に乗っているとちょっとした違いに気が付く。
 五年間、拓海が毎日乗り続けてきたのがハチロクで。
(イツキのはたしか…ハチゴー?だっけ?)
 みんなこのクルマをバカにして笑っていたけど、トレノとレビン以外に何が違うのかなんて拓海には分からなかったし、特に気にもしていなかった。
 …成り行きで自分が実際に運転してみるまでは。
「あー、やっぱマフラー交換してーなー…」
 少し長いストレートを加速しながら樹がぼやく。
 上りよりも速度が乗るのは下り勾配の恩恵か。
「なんで壊れてもいないのに交換するんだよ?」
「何言ってんだ拓海、走り屋としてはカッコいいクルマに乗りたいもんなんだよ。」
「で、それ変えると何か変わるのか?」
「変わるに決まってんだろ。見た目とか音とか。パワーもちょっと上がるし。」
「そういうもんなのか…?」
 拓海はそこまで気にしながらクルマに乗ったことなどなかった。
 白いレビンはそのまま秋名を下って温泉街でもう一度折り返すと、再び峠を上り始める。
 ハチロクより少し穏やかなエキゾーストは、それでも時々独特の鋭さを見せる。
「分かっちゃいるけど、やっぱもっと馬力がほしいなぁ…」
 エンジンはずっと高回転をキープしたままだ。
 ちらりとメーターパネルを覗き込んでみる。四千回転を過ぎたあたりから加速が鈍り、いくら踏み込んでも回らなければ加速も鈍い。
 遅い、と言われる理由も何となく分かる気がする。
「こうしてみると、うちのクルマとは違うんだな。」
 秋名山頂からそのまま秋名湖に出てクルマを停める。
 同じようで、やっぱり違う。
 どことなく不思議な感じだった。
「ハチゴーだからなぁ…なんでもっと早く気付かなかったんだろって思うよ。」
 愛車の姿を眺めながら樹は呟く。
 いくら見た目が似ていても、乗ってみれば違いが分かる。
 そもそもエンジン型式が違うのなら音も違って当然なのだが、購入前に気付けなかったのは迂闊だった。
 書類手続きも店や両親に頼んでいたから、結局バイト先の店長に指摘されるまで間違えて買ってしまった事にすら気付けなかった。
「でも、オレがその分がんばってうまくならないとな。」
 二人は並んで腰を下ろし、白いレビンを眺めていた。
「同じクルマなのにおまえが乗ると本当にすごい走りになるんだもんなー。」
(…あの時は全然本気じゃなかったんだけどな。)
 拓海はこっそり思ったが、それを口にするのはやめた。
「オレも、あんな風に走ってみたいよ。」
 そう言う友人の横顔が、ドキッとするほど真っ直ぐに輝いて見えた。
(イツキは昔からそういう奴だったっけ…)
 何も考えてないようで、能天気そうで、いつのまにか自分の知らない世界を築いている。
 毎日学校やバイトで一緒だったはずなのに、自分で探してクルマを買っていた事さえ知らなかった。
「オレにはおまえの方がうらやましいよ…」
 ゆっくりで、時に間違う事もあるけれど。
 彼は自分の意志で選んだ道を走り始めている。
「そうか?ま、いつかはおまえに追いつけるくらいには速くなってみせるけどな。」
 少し照れくさそうに樹が笑う。
 そのまぶしさが少しだけ悔しくて。
「ちぇっ、よく言うよ…」
 ぶっきらぼうに呟くと、拓海は樹の肩を軽く小突いた。



(まずはオレも自分のクルマが欲しいな…)
 少しずつ、まだ見ぬ道を探して走り出す。

 あの笑顔に負けないように、どこまでも。










ハチゴーかわいいよハチゴー。という話。(ぇ
いや3A-Uで秋名とか走り回るのは本気ですごいよ…
体験して初めて分かるイツキのすごさと拓海の異常さです。

何気にDで一番マニアックな車は、実はイツキのハチゴーだと思う。
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