MY ONLY STAR




 あまりに近すぎて、何時の間にか忘れていた。
 彼がどれほど大切な存在だったのかという事を。










「――さんっ、涼介さんっ!」
 悲鳴のような声で我に返る。
 その日もいつものようにバトルを終え、撤収準備を始めたばかりの事だった。
 ダウンヒルエースの尋常ではない叫びに、既にプロジェクトのメンバーが集まってきている。
「藤原っ?!どうした?!」
 駆け寄った涼介の目に映ったのは、藤原の腕の中で倒れている弟の姿だった。



 あれから、自分がどうやって高崎まで戻ったのか覚えていない。
「何をやっているんだ、オレは…」
 涼介はベッドに横たわる弟の横顔をぼんやりと眺めた。
 二十数年間、ずっと一緒に暮らしてきた。
 ――アニキの夢は、オレの夢なんだよ。
 そう言ってくすぐったそうに笑いながら、ずっと自分の後を追うように走っていた弟。
「何故こんなになるまで気付かなかったんだ…」
 あれだけ一緒にいたはずなのに、不調にすら気付けなかった自分が情けない。
「…啓介、」
 やりきれない思いで弟の名を呼ぶ。
「やっぱり、オレはあまりいい医者にはなれそうにないな…」
 自嘲気味に呟いて、心なしか青白い啓介の頬を撫でる。
 まだ熱が下がりきっていないはずの肌は、生気が感じられないほど冷たかった。
「ん…」
 微かな啓介の声に、涼介はそっと手を引いた。
 ふいに開かれた目がその動きを見つめていた。
「…起こしたか?」
 啓介の目がどこか名残惜しそうな感情に揺らいだ気がした。
「…アニ、キ?」
「もう少し寝てろ。今夜はオレもここにいるから。」
 言って、額にかかっていた色の薄い髪をかき上げてやる。
「藤原…どうした?」
「向こうで帰した。お前よりよっぽど死にそうな顔で心配してたぞ?」
「…ここ、うちの病院?」
「…ああ。」
 とりとめのないやりとり。
 啓介は何かを確認すると、そっと天井を見つめて呟いた。
「アニキ…ごめん。」
「ああ、そうだな。ドライバーなら体調管理くらいちゃんとしておけ。」
「…うん。」
「全く、何故こんなになるまで気付かなかったんだ?」
「…スミマセン…」
 それでもひとつ瞬くと、今度は涼介の目を見て言った。

「でも、ちゃんと勝っただろ?」

 真っ直ぐな視線と声で。
 走りたい、という情熱はどこまでも揺るぎがない。
「オレ、ちゃんと走れてたよな…?」
 涼介は無言で啓介の頭を撫でた。
(まったく、コイツは。)
 ひとつ屋根の下に暮らす兄弟でさえ、分からない事ばかりだ。
 体調不良に気付く隙間すらないほど、彼の中には走る事しか考えがない。
 それだけ全てを走るためだけに費やせるからこそ、この男はもっと速くなるのだろう。
 いずれ涼介すら追い抜いて、もっと広い世界を走るために。
 だからこそ思う。
 自分の築いてきた走りの全てを彼に託したい、と。
「…なぁアニキ、」
 当の啓介は、そんな涼介の思いにどこまで気付いているのだろうか。
 何の疑いもない目で、いつものように自分の後を追ってくる弟は。
「オレ、もっと速くなりたい。」

 ――アニキの夢は、オレの夢なんだよ。

 啓介はあの時と変わらない目をしていた。

「そう思うなら、まずは倒れないようにしろ。」
「はーい。」
 ベッドの上で肩を竦めながら、啓介は小さく笑った。
「あーあ、やっぱアニキにはまだかなわねーなぁ…」
「そんな事を言っているうちはまだまだだな。」
「うー…キビシイなー…」
 しばしば涼介の理解を超えた何かを秘めている事には、あまり自覚がないようだ。
(…なぁ、啓介、)

 ――お前の夢は、オレの夢なんだよ。

 いつか兄を超えていくであろう弟に、この言葉を言える日は来るのだろうか。
 彼が自分の知らない広い世界に飛び立つ時には、この想いを伝えられるだろうか。

「アニキってこーゆートコロだけは容赦ないんだよなー…」
 まだ苦い顔をしている弟に、涼介はひっそりと微笑んだ。

 今は、まだ、もう少しだけ。
 彼がこの夢の中にいる間だけは。










高橋兄弟すきだあああああ!(ぇ
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