ヒューズさんとロイさんの戦場での話。
「――ロイ?」
廃墟と化した町の跡に、ぼんやりと立つ人影を見つけた。
少し埃にすすけた青い軍服がはたはたと風に揺れている。
「こんな所で何やってんだ?」
返事は無い。
「ロイ?」
動かない背中に近づいて、もう一度名前を呼んでみる。
肩に触れようとして手を伸ばす。指先が触れた途端、ぐらりと身体が大きく傾いていく。
「ロイっ?!」
倒れる身体を受け止めようとして、ヒューズはぎょっとした。
生気の感じられない顔に、べったりと血がついていた。顔だけではない。胸も腹も両手も、全身に誰のものかも分からない血が染み付いていた。
「……ロイっ、おいしっかりしろ!」
腕に抱えられたロイの身体はぞっとするほど冷たかった。
「なぁ、嘘だろ……?」
何度名前を呼んで揺さ振ってみても、固く閉ざされた瞼は開かなかった。
動かない身体を抱き締める。自分の身体まで血塗れになるのも気にせずに。
「お前はこんな所で死ぬような奴じゃないだろ……」
どうしようもなく息苦しくて、胸が締め付けられるようだった。
「頼むから何とか言ってくれよ…なぁロイ……っ」
次第に霞んでいく視界の中、必死で彼の名前を呼びつづける。
「ロイ……!」
叫びながら、ヒューズは跳ねるように起き上がった。
うっすらと肌に滲む脂汗が気持ち悪かった。
「……ロイ?」
はたと思い出して、隣で眠っている筈の同僚の姿を探す。
(いない……)
ヒューズの横には丸まった毛布が残されているだけで、そこに彼の姿はなかった。
夢で見た嫌な感覚が甦る。
「ロイ?どこ行ったんだ?」
寝床を抜け出してテントの外に出ると、ヒューズは周囲を見回した。後方の宿営地は敵襲の心配こそ少ないものの、ひとりで勝手に出歩くのはあまり良くない。
少し離れた所に見張りの兵が立っているのを見ながら、柵沿いに彼の姿を探し歩いた。
柵の外はまた何重にも囲いがあって、そこから先は戦場だった。といっても町は全て焼き払われ、今では猫の子一匹すら見かけないような廃墟だが。
「おーい、ロイー?」
しばらく歩いて、ようやくそれらしき人影を見つける。そこらに積まれた空の木箱に腰を下ろし、ロイはぼんやりと空を見上げていた。
「お前なぁ、いくら敵さんが来ないからって、こんな時間に勝手に出歩くなよ。」
さっきまでの不安を押し隠すように、わざと大袈裟に呆れてみせる。
「……そういうお前はどうしてこんな所にいるんだ?」
視線を動かさないまま、逆にロイが問い返す。辺りを照らすのは月の光だけで、ただでさえ色白なロイの肌が余計に青白く見えた。
「お前を探しに来てやったに決まってるだろ。」
まるで生きている感じがしないロイの横顔に嫌な感覚を覚え、それを振り払うように彼の背中を抱き締めた。夜風に吹かれた身体は表面こそ冷たかったが、内側から確かに伝わってくる体温に少し安心する。
「ヒューズ、抱き付くのはいい加減に止めろと言ってるだろう。」
呆れたような声がして、彼の手が回した腕に触れる。
「ここは士官学校とは違うんだ。」
「……じゃあ、お前は平気なのか?」
抱き締めたままヒューズは呟いた。
「昨日だって見ただろう?また一人中央に送り返されてた。こんな戦場にいたんじゃ誰だっておかしくなるに決まってる。戦争とか内乱なんてもんじゃねぇ。虐殺だからな、今の俺達がやってる事ってのは。」
イシュヴァールに国家錬金術師が投入されて以来、東部全域に広まっていた内乱は収束に向かいつつあった。同時に、前線の兵士達の間では精神をやられる者も少なくはなかった。特に本来は正規の軍人ではない者も多い国家錬金術師は、戦場では確かに絶大な攻撃力を発揮していたが、その分精神に異常をきたす者も多かった。
ある者は発狂し、またある者はこんな戦いはしたくないと軍令に背き、そうして使い物にならなくなった人間兵器達は次々と中央に送り返されていった。
もちろん戦場で命を落とす者だっている。そういった者達の中にロイが含まれていないのを確認する度に安堵を覚えた。ただでさえ純粋な部分があったから。彼にはこんな場所でくすんでいって欲しくない。
「――私なら、まだ大丈夫だよ。」
ヒューズの腕の中で、ロイはそっと目を閉じた。
「ここで倒れるわけにはいかない。上に進んでいくためにはね。」
「……でも、お前が死ぬ夢を見たんだ。」
「勝手に人を殺さないで欲しいものだな。」
ロイは小さく笑った。こんな時、彼は変わったとヒューズは思う。まだ二十代前半にして少佐という、年齢に不釣合いな階級のせいかもしれない。国家錬金術師になれば正規の軍人ではなくても、その資格だけで少佐相当の地位が与えられる。それは資格を取った学生の頃から、既に決まっていた道だった。
若造だからと馬鹿にされないように、年相応以上に自分を見せるために。常に肩肘張って幾重にも殻を作って。そうしなければここまで来ることはできなかっただろう。これから先へ進むためにも。
「大丈夫だよ。こんな所で死ぬものか。」
言い聞かせるようにそう繰り返すと、ロイの手がヒューズの頭を撫でた。
「まさかお前に慰められるとはねぇ……」
「勝手に私が死ぬ夢を見て、勝手に不安になって探しに来たのは誰だ。」
違いない、とヒューズは苦笑した。
「なぁロイ。」
「……なんだ。」
ヒューズはぎゅっと腕に力を込めた。
「死ぬなよ。」
「お前もな。」
ふわりとロイの唇が頬に触れる。驚いて目を見開くヒューズの顔をおかしそうに覗き込みながらロイが言った。
「怖い夢を見た時は、こうするのがいいんだろう?」
いつか自分が言った言葉を返される。目の前で微笑む彼の顔が少しだけ昔と重なって見えた。
「さてそろそろ戻るとするか。誰かが妙な夢を見なくて済むようにな。」
抱き締めていたロイの身体がするりと腕を抜けて立ち上がった。離れていく温もりを寂しく思いながら、ヒューズは苦笑混じりに歩き出すロイの背中を追う。
また呆れられるだろうか。そんな事を考えつつもそっとロイの手を掴んでみる。驚いたような、でも少し照れてもいるような、複雑な表情がこちらを振り向いたが、結局何も言われなかったのでそのまま手を繋いでテントまで戻った。
「――今夜だけだぞ。」
そう言ってロイはヒューズの腕の中に収まった。同じひとつの毛布にくるまって。
また悪夢を見るかもしれない。それが現実となる日が、明日にもやってくるかもしれない。
けれども、今だけは。
彼の体温を、彼が生きている確かな証を感じながら、ヒューズは再び眠りへと落ちていった。
イシュヴァール戦あたりのヒューロイ。タイトルそのまんまの内容です。
ロイさんの事をロイロイ呼べるのはヒューズさんの特権だと思います。どっかで見たパターンだとか突っ込まれると私が痛いのでry
(2004年04月18日)