午後の紅茶(仮)




「――やぁ、鋼の。」
 その声を聞いた瞬間、エドワードはあからさまに不機嫌な顔になった。
「げ、大佐……」
「何だねその嫌そうな顔は。」
 対して青い軍服を着た男は、悠然とこちらを見下ろしている。
「なんであんたが中央にいるんだよ?」
「査定だよ。今さっき更新手続きを終えたところだ。」
「よりによってこんな所で会うとはね……」
 エドワードはげんなりと肩を落とす。確かに国家錬金術師には年一回の査定を受ける事が義務付けられてはいるのだが。それでも査定期間中に、しかも中央司令部の真前で、国家錬金術師同士が出会ってしまう偶然を、エドワードは呪わしく思わずにはいられなかった。
 ロイ・マスタング大佐。東方司令部司令官にして国家錬金術師。
 『焔の錬金術師』の二つ名を持つこの男は、軍内部では案外有名なのだと最近エドワードは知った。
 東部内乱における功績により、異例の若さで大佐の地位を得た者として。また、史上最年少で国家資格にパスした錬金術師を推薦した者としても知られているようだった。
 ――その最年少の国家錬金術師とは自分の事なのだが。
 正直言って軍は嫌いだった。この男と出会わなければ、自分は国家錬金術師になどならなかっただろう。
 それでも結局は軍に身を置く事を選んだのは、彼が示した『僅かな可能性』に賭けるだけ賭けてみようと思ったからだ。
 元の身体を取り戻す。
 禁忌を犯した代償に失ったものだが、せめて生まれた時の姿には戻りたいと、そう決めたのだ。
 こんな経緯を知る者は、今のところ当人である自分と弟以外ではこの男くらいだ。あとは彼と一緒にリゼンブールに来ていた、彼の部下くらいだろう。
 あまり認めたくはないが、人体錬成という最大の禁忌を犯した自分が、今こうして国家錬金術師という身分でいられるのも、ひとえに彼らが何も言わないでいるからだ。こんな事が公に知られたらどんな目に遭うか分からない。
 そうやって弱味を握られているのが気に食わない。まるでこの男の良いように利用されているようで。
 実際己の出世のためにエドワードは利用されたのだが。
「――君も査定かね?」
 そんな事情は億尾にも出さずに、この男はにこにこと話し掛けてくる。顔だけ見ていれば人当たりの良さそうな好青年だ。隙あらば上官の地位さえ狙ってるような奴には到底見えないのだが、エドワードにはそれがまた胡散臭くて気に食わなかった。
「少しは元の身体に戻る手がかりを掴めたか?」
「んー、まだまだ軍の書庫を調べるだけで手一杯だよ。」
「中央図書館だけでも読み切れないくらい資料があるからな。まぁ気長にやりたまえ。まだ一年目だ。」
 そう言ってロイはエドワードの肩をポンポンと叩いた。こうして都合良く子ども扱いされるのも気に入らない。
「ところで、鋼の。これから時間は空いているかな?」
 相変わらずの胡散臭い笑顔のままロイが問う。
「――今度は何なんだよ。」
 眉間に皺を寄せてエドワードはロイを見上げた。
「なに、一緒にお茶でもどうかと思ってね。」
「野郎と茶飲んで何が楽しいんだよ。」
「楽しいかどうかは別として、一度君を連れて行きたい店を見つけたんだ。息抜きに付き合う気はないかな?」
 エドワードはしばらく無言でロイの顔を睨んだ。
 彼は何かをエドワードに強制するという事は滅多にしない。上官として命令されれば当然エドワードには逆らえないが、それも本当に数えるほどしかない。
 それだけに、彼がこうして何かを提案して来る時というのは、大抵何かを企んでいる時だったりするのだが。
 ロイはにこにことエドワードの顔を見たまま返事を待っている。胡散臭い笑顔ではあったが、そこには特に裏はなさそうだった。
「…………まぁ、たまには、付き合ってやってもいいけど。」
 それでもこの男の事だから何を隠しているか分かったものではない。
 まだ疑うような視線を向けたまま、エドワードはロイの背中を追って歩き出した。





 色とりどりのフルーツに、たっぷりのクリームとアイス。
 テーブルの上に置かれたそれを、エドワードは呆然と眺めていた。
 いわゆるフルーツパフェというやつである。
「……何だね、さっきから人の顔ばかり。」
 スプーンを持ったまま、ロイは訝しげにエドワードの顔を見た。
 軍服姿の、それもいい年をした大の男が、山盛りのフルーツパフェを目の前に座っている様はかなり奇妙だ。
「なぁ、これホントに大佐が食うのかよ……?」
「君も食べるかね?」
「いや、オレはいいよ……」
 漂ってくる匂いだけでも、何だか壮絶に甘そうな感じがする。胸焼けを起こしそうな感覚を堪えてエドワードは首を振った。
「成長期はきちんと栄養を取らないと大きくなれんぞ。」
「小っさい言うな!」
「誰もそんな事は一言も言ってないぞ、鋼の。」
 会話が微妙に噛み合っていない。
「つーか…よくそんな甘そうなの食えるな……」
 気を取り直して、エドワードは改めて目の前のパフェを眺めた。
 ぱくぱくとフルーツやクリームを味わうロイの表情も、心なしか幸せそうに見える。
「そうか?なかなか面白い味だぞ。」
 言ってロイはスプーンの先を差し出した。上にはオレンジの切れ端と白いアイスクリームが乗っている。
 食べろ、という事なのだろうか……。
 恐る恐る口を開けると、ロイの手がひょいとスプーンで掬った物をエドワードの口に放り込んだ。
「……うわ、甘い。」
「甘い物が苦手なのか。」
「流石に甘すぎるのはちょっと。でも、確かに面白い味だ。」
 冷たくて、甘くて、口の中で蕩けるような。
「珍しいだろう。アイスクリームという物で、まだ中央でも扱っている店が少ないんだ。」
 何でも北のブリッグズ山から運んできた氷を使っているのが売りらしい、などと解説を付け加えながら、ロイもアイスクリームを一口食べる。
「大佐は甘党なんだ。」
「いや、普段はそうでもないよ。ただ、時々こういう物が無性に食べたくなる時はあるがね。」
 ぱくり、とフルーツを口に放り込みながら、ロイは苦笑いを浮かべた。
「戦場に行くと欲しくなるのが、甘い物と冷たい物なんだ。どちらも前線に行くほど手に入りにくいからな。」
「…………」
 妙に実感のある物言いに、エドワードは思わず目を伏せる。
 自分は軍属ではあるが正規の軍人ではない。だが彼は違う。軍人で、それも二十代にして大佐という地位に就いた男だ。
 焔の錬金術師の噂を聞く時、よく東部内乱での華々しい戦果も一緒に耳にする事がある。
 エドワードの幼馴染も、内乱で両親を亡くしている。戦場での惨劇も人づての話でしか聞いた事がない。
 けれど彼は実際の戦場を経験しているのだ。そして数え切れないほどの生命をその手で焼いた。
 でなければここまで異例のスピードで出世できるはずがない。
「甘くて冷たい物、というのはなかなか画期的だと思わないか?欲しいと思う物がいっぺんに食べられる。こんな物が少しでも出回る程度にはこの国も平和になったという事だな。」
 また一口パフェを放り込むと、ロイは目を細めて微笑った。
 それは本当に幸せそうな表情で。
 不覚にもそれを「可愛い」などと思ってしまったエドワードは、慌てて首を振って己の思考を軌道修正する。
(可愛い?この大佐が?しっかりしろよオレ!)
 けれども、実際にはそれほどロイの事を知っている訳でもなく、彼がどういう人物であるか、未だにエドワードには掴み切れないでいる。幾つもの顔を持ち、それらを状況に応じて使い分けるロイの多面性は、まだ十三歳のエドワードには理解できないものだった。
「――大佐は戦場に行った事があるんだよな。」
 思い切ってエドワードは口を開く。こういうプライベートな時間に、ロイと二人きりで話すという事は今までになかった。だから、普段は話せない事も今なら聞けるような気がした。
「あぁ。嫌なものをたくさん見たな。君はまだ知らない方がいいような事も山ほどあった。」
 苦い表情でロイは答える。
「いずれ命令が下れば君もそういう場所に放り込まれる事になる。軍の狗である以上は覚悟しておく事だな。」
 戦場がどんな場所であるか、その時が来れば嫌でも知る羽目になるだろう、と。
 そこまで言うと不意にロイはふわりと微笑んだ。
「ところで鋼の。もう一口いかがかな?」
 にっこりと再びスプーンが差し出される。いっそ無邪気にすら見える笑顔だった。
 こんなロイの表情は初めて見たかもしれない。
(ひょっとして、大佐って、意外と可愛い所もあるのかも……?)
 自分より一回り以上も年上である大人に向かって思う事ではないのだが、ふとエドワードはそんな気になる。
「何だ、いらないのか?」
 返事がないのを勘違いしたらしい。ロイの表情が僅かにがっかりしたような色を見せる。
「これを食べさせるために、君をここに連れてきたんだがな……」
 そう言いながら最後の一口になったパフェをぱくりと平らげる。
(あ、クリーム付いてる。)
 食べる間にはねたのか、口の側にアイスクリームが少し付いていた。
 可愛い、というよりは、意外と子供っぽい。
 今日発見したロイの新たな一面に、エドワードは思わず苦笑いを浮かべる。
「オレはこれでいいや。」
 笑いながらエドワードはロイの口元に付いたアイスクリームをぺろりと舐めた。
「…………!」
 突然の出来事に、ロイは驚いたように目を見開いて硬直した。
「う、やっぱり甘いや。」
 エドワードは口の中で広がる味に眉を寄せる。
「でも結構こういう味も美味しいかも。」
 まだ呆然としているロイの前で、エドワードはにっこりと笑った。
「こちそうさまっ♪」
 そこでようやく己の身に何が起こったのかを理解したロイは、薄く頬を染めて何事かを呟いたのだった。





「それで、君達はこれからどうするのかな?」
 むすっとした表情で、ロイはエドワードに訊ねた。
 心持ち膨れているような感じがするのは、きっと先程の事件(?)のせいだろう。
「もう少し中央で資料を探すよ。その後はとりあえず東部から見て回ろうかな。」
「まぁせいぜい頑張りたまえ。」
「あぁそうだな。早く元に戻って、軍なんかとはオサラバしたいぜ。」
 皮肉めいた口調に、ロイは思わず苦笑する。
「そうか。では私も楽しみにしているよ。君達が元の身体に戻れる日をね。」
 ――できれば、国家錬金術師が再び戦場に召集される前に。
 ロイのささやかな願いを、けれどもエドワードは知る由もない。
「じゃあな、大佐。」
「ああ。」
 それが別れの挨拶だった。
 互いの立場もそれぞれの目的も全く異なっている、次に何時会うのかも分からない二人の錬金術師達の。

「君は君の行くべき道を、何があっても真っ直ぐに進みなさい。」

 遠ざかっていく少年の背中を、ロイは小さな声援とともに見守り続けていた。






【その後の小ネタ】





 それは査定期間も過ぎた、ある日のお話……
「あ、大佐。この間はごちそうさま♥」
 久々に東方司令部を訪れたエドワードは、開口一番にそう言った。
「…………鋼の、」
 満面の笑みを浮かべるエドワードに対し、ロイの顔はかなり不機嫌そうになっていく。
「いやぁなかなか美味かったぜ。機会があったらまた奢ってくれよな♪」
 いっそ憎らしいまでに楽しげな様子のエドワードに、ふとロイは反撃を思いついた。
「ところで鋼の、アイスクリームの材料は何だと思う?」
「え?いや…オレはあれが初めてだったから、よく分からないけど……」
 そうかそうか、とロイの表情が途端に意地の悪い笑みへと変わっていく。
「あれはだな、鋼の。主な材料は卵と砂糖、そして……牛乳だ。」
「…………!!」
「君は確か牛乳が嫌いだったかな?
 それでも気に入ってくれたというのなら、今度いくらでもご馳走してあげよう。牛乳たっぷりの特製アイスクリームを使ったフルーツパフェをね。」
 一変してショックと怒りに肩を震わせるエドワードを見下ろしながら、ロイはからからと笑ってみせる。
「……っ!てめーっ!知っててオレにあれを食わせようとしたのかっ?!」
「ちゃんと栄養を摂らないと、本当にいつまで経っても身長は伸びないぞ?」
「てゆーか豆言うんじゃねぇーー!!」
 今にも掴み掛かってきそうな勢いのエドワード。
「だから誰も君が小さいとは言ってないだろう……」
「今言った!!!」
 キィキィと耳鳴りのしそうなエドワードの怒鳴り声を、ロイは涼しげな表情のまま聞き流す。

「――でも、美味しかったんだろう?」

 嫌味なまでににっこりと笑うロイ。
 エドワードは眉間に縦皺を寄せたまま不機嫌そうにロイを睨み上げていたが、やがて耳まで真っ赤になりながら俯いて、やがて小さく頷いた。

(アイスじゃなくて、今度は大佐自身を食ってみるのも悪くないかな……)

 エドワードがそんな事を考え始めているなんて。
 今はまだ、ロイには知る由も無かったのだった。





エド13歳(ロイ27歳)あたりで。甘党な大佐も萌えると思った。しかし年齢差かつ年下攻ってすごいカップリングだな…

(2004年07月04日)

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