夏の幻
ぼぉん、と大きな音を響かせて花火が夜空に打ち上げられる。
プレハブ校舎の屋上で、どこか淋しげにも見える光を滝川はぼんやり眺めていた。
「――ごめんっ、待った?」
カンカンカン乾いた音がして、浴衣姿の速水が階段を駆け上がってくる。
「遅ぇよ。もう始まってるだろ。」
息を切らしながら隣に来た速水の頭を、軽く小突きながら滝川は笑った。
「ったく、折角の花火大会だってのに。」
「ご、ごめん……」
「まーた何か作ってきたんだろ。お前ってホントにマメだよなー。」
言ってひょいと速水が持っていた小包を取り上げると、膝の上で開けてみる。
「お、ホットケーキか。美味そうー。」
「……食べていいよ。」
「え、本当にいいの?」
ぱぁっ、と瞳を輝かせながら訊ねると、速水は笑って頷いた。
「やりぃっ、いっただっきまーす!」
滝川は薄い狐色に焼けたホットケーキを頬張った。かなり薄味で見た目もペタンと潰れていたが、それでも美味しかった。
「すげー、よくこんなの作れるなー。」
「材料が少ないから、大した物は作れないけどね。」
感心している滝川を見つめながら速水が苦笑する。
本州からの補給ラインが断たれてからは、物資不足はますます深刻化していた。それでも配給の小麦粉などを掻き集めては、時々こうして速水は菓子などを作ってくる。滝川の貴重な楽しみのひとつだった。
「やっぱ小麦粉と水だけじゃいまいちだなぁ…」
「ん、せめて卵と牛乳があればいいのにな。」
どちらも今では滅多に手に入らない貴重品だった。裏マーケットでも難しくなってきている。
「サッカリンで代用ってのはどうだ?」
「いいけど、それだけじゃ甘いばっかで焼いても膨らまないよ。」
ぼん、ぼぉん、と立て続けに上がる花火を眺めながら、二人は他愛のない会話を続ける。
「だったらかき氷とか食いてぇな。」
「あ、それならすぐに作れるかも。…って最近はサッカリンも高いんだけど。」
「菓子もマトモに食えないご時世かよ。あーやだやだーっ。」
少し大袈裟に肩を竦めて見せると、それきり黙ったまま花火を見上げていた。
他の話をするのがどうしようもなく怖かった。
あと何日かすれば短い夏休みも終わりで、それは自然休戦期の終わりも意味していた。夏が過ぎれば再び幻獣との戦いが待っていて、その戦況は絶望的なほど見通しが暗い。
「――綺麗だね。」
「あぁ。」
花火が空高く打ち上げられては、次々と消えていく。
二人は目の前の事ばかりを必死で言葉に紡いでいた。そう遠くない未来で待ち構えている現実や、今自分達の知らない場所の事など考えたくもなくて。この束の間の穏やかな時間がずっと続けばいいと切実に願った。
ぼぉぉぉん、と一際大きな音を立てて、最後の花火が夜空に消えていった。火薬の星のひとかけらが燃え尽きて、煙の跡が風できれいに流されてしまった跡も、ずっと屋上に並んで腰を下ろしたまま空を見ていた。
「……来年も、また見れるかな。」
ふと思い出したように滝川が呟く。来年、というのがひどく遠い場所のように感じられて、何となくそこに自分は辿り着けないような気がした。
「僕は、ずっと一緒にいるよ。」
速水はふわりと滝川の身体を抱き締めた。
「どんな場所だって、側に居るから。」
来年でも再来年でも、その先もずっと。
「……ん、」
滝川は目を閉じて頷いた。
二人一緒なら、何処へでも行ける。
それでもこんな風に並んで花火を眺める機会は、もう二度とやって来ないだろうと思う。
せめて今ここにある温もりだけでも忘れないようにと、滝川は速水の肩にそっと寄り掛かった。
一九九九年七月、熊本陥落。
軍首脳部は九州放棄を決め、人々は幻獣の出ない夏を縫うように撤退を始めた。誰も居なくなった街並みは廃墟と化し、いつしか草木に埋め尽くされていった。
一方で、九州に留まる事を選んだ者は実に百八十万人を数えていた。その殆どは病気や怪我、年齢などを理由にしていたが、そのうちの数万人は義勇的に脱出を拒み、国にすら見捨てられた土地を守るべく戦い続ける事を選んだ戦士達だった。かれらの多くは戦火に倒れる事となる。
この中に、五一二一と言われた小隊の名もあった。
日本の自衛軍が九州への再侵攻を開始したのは二〇〇一年のことだった。
同地に残っていた生存者は、数万人ほどの僅かな数だったという。
五一二一小隊の者がその中にいたかどうかは、誰にも分からなかった。
人類劣勢END後の速水と滝川。自然休戦期の真夏のひとこま。
不幸なシチュエーションほど何故か話は甘くなる不思議…
(2003年08月24日)
食糧難なのになぜ花火大会ができるんだとか言ってはいけない。たぶん最後で最期だから在庫かき集めたんですよきっと。
すべては夏の夜の幻です。