Wings of World
「――こんな所にいたのか。」
ハンガーに格納された士魂号を見上げながら、厚志は低く呟いた。
薄い装甲に覆われた士魂号は、何故か苦笑しているように感じられた。目には相変わらず無機質に佇んでいるのだが。
「あぁわりぃ、遅くなっちまっ……て?」
カンカンと足音を立てながら誰かがハンガー二階右側にやって来る。足音同様、聞き覚えのある懐かしい声に、厚志は思わず振り向いた。高温の焔を思わせるような青い髪が揺れる。
傷跡だらけの顔をした少年は、走りかけたポーズで固まったまま、気まずそうに鼻の頭の絆創膏をひっかいていた。
「あ…ええと……確か、厚志さん、でしたっけ…?」
「…………速水でいい。」
聞き慣れた声に耳慣れない台詞を言われ、思わず厚志は不本意な要求を出してしまった。とっくに捨てた筈の名だったのだが。
「え?でも、は、速水って、」
「どうも落ち着かないな。その敬語もやめてくれ。」
言ってから厚志は内心舌打をする。芝村になり、青と呼ばれて久しいが、どうにもこの場所では昔の自分が表に出てきてしまう。
「じ、じゃあ、速水…さん……?」
おそるおそる、といった様子で少年はこちらを見上げている。この顔も声も、本当に懐かしい。そういえば今は年齢差もある分、厚志の方がずっと身長もあるのだった。厚志は少しだけいい気分になった。何しろ昔は、ほんの僅かな差で彼の方が背が高かったのだ。ただでさえパイロットは小柄な者が多かったから、男としてはこれが結構気になったものだった。
あの頃を思い出す。
まだ速水という名を使っていた頃、まだ自分は無力だったけど、それでも幸せではあった頃。
思い出すのは舞の事ばかりだけど、次に浮かぶのは何故かこの少年だった。確か名は、滝川といったか。
男同士のパイロット同士というのもあって、結構よくつるんでいた気がする。
不器用で年齢以上に幼い部分もあるが、根は真っ直ぐで気のいい奴ではあった。
かつては《速水の親友》を自称していた彼も、今は見知らぬ他人のようによそよそしい表情で厚志を見ている。確かに今の彼にとっては本当に見知らぬ他人なのだから仕方ない。
それがたった一人の少女のために厚志の選んだ道だった。
世界を敵に回し、世界のために戦い、全てを失って、最後に彼女と再会するために厚志は再び過去に戻ってきた。最悪だけど幸せだった、あの頃の世界に。
ここが自分の元々いた世界とは違うのは分かっている。現にこの小隊に本来いるはずの《速水厚志》が存在していない。この部隊に来ていないのだ。芝村がそうなるように手を回したからだ。
(いや、いるにはいるのか。ここに来る筈だった、もう一人の俺は。)
厚志は再び士魂号を見上げた。
失敗作の廃棄実験体の末路などこんなものだ。舞の力不足というわけではない。徴兵を免れても、結局ここ以外に行く場所などなかったという事なのだろう。
「――これは、君の機体か?」
後ろの滝川に尋ねる。
「は?はい…そうですけど……」
「随分とこいつを気に入っているようだな。」
「へへへ、なんせ相棒ですから。」
滝川は嬉しそうに笑うと、そっと士魂号の背を撫でた。
「なんか今日は機嫌がいいみたいだ。」
ああそういえば、昔の彼も時折そんな事を言っていた。何となくではあるが、士魂号の感情が分かるらしい。
今なら厚志にも理解できる。これはただ人の形を模した戦車ではない。それ自体にも心がある、ひとつの生命体みたいなものだ。
(お前もこいつが好きか。)
厚志はほんの少しだけ口元を緩めた。
(なら守ってやれ。お前の大切な友を。)
厚志には、友と呼べる存在を失った事に後悔はない。それが選んだ道だ。
けれども改めてその現実を目の当たりにすれば、忘れた筈の昔の自分はやはり少し寂しいと思ってしまう。
今ここに、形こそ変わったが彼と自分を繋ぐ友情がある。
それが唯一の救いだった。本当に全てが失われた訳ではないという証だから。そうでなければあまりに寂しすぎる。
「相棒、か……」
彼は本当に変わらない。
友情も優しさも、怒りや恐れや悲しみも、何もかもが不器用で真っ直ぐ
な心。だからこそ、士魂号の心も感じ取れたりするのかもしれない。
「大事にしてやるといい。本当にそう思うなら。いつかきっと、その絆が役に立つ時もあるだろう。」
「は、はいっ。」
滝川は慌てて頷くと、照れくさそうに笑った。
ひょっとしたら、また昔のように、いやそれ以上に、自分と彼は良い友人となれるかもしれない。厚志はふとそんな気になった。
今はまだ未熟な少年も、いつかは真に友と呼べる存在に成長することだろう。彼にはその素質が十分ある。
失ったのなら、それがまだ取り戻せるものなら、もう一度努力してやり直せばいい。ただそれだけのこと。
厚志はくしゃりと少年の頭を撫でた。驚いたように滝川が見上げてくる。
思わず昔のように微笑んでみる。ぽややん、と言われそうな、柔らかな笑み。
本当は握手をしたかったのだが、それはもう少しとっておこうと思った。
――いつか、彼がまた友と呼べる存在になる日まで。
青様とたっきー、という組み合わせを書いてみたかっただけ…。
滝川君も好きだけど青の厚志様も好きなのです。あれです。ドラマCDとか絢爛舞踏祭とかやってたらなんかそんな気分になったんですよ。
(2005年08月12日)